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成年後見制度の改正で家族信託(民事信託)はいらなくなるのか?
コラム
現在、法制審議会の民法(成年後見等関係)部会において、令和9年の施行を目指した成年後見制度の改正が議論されています。
その中に「スポット後見」と言われるトピックがあります。その名のとおり、あるきっかけによって始まった後見が、そのきっかけとなった事由が終了した後もずっと続くという点を改正しようというものです。これが可能となれば、世の中で叫ばれている後見制度の使い勝手の悪さは大きく改善する可能性があります。特に「本人が亡くなるまで終わらない」という点は家族信託を選択する大きな動機の一つになっていたところ、後見が途中で終わるのであれば、家族信託は不要になるとも考えられます。
私が担当理事をつとめる東京司法書士会資産凍結リスク及び相続対策業務推進委員会にて、前記の法制審議会部会の幹事をされている司法書士の野村真美先生をお招きし、議論の背景や、認知症対策業務に大きく影響すると思われる箇所の議論状況についてヒアリングさせていただきましたので、こちららを踏まえて今後信託ニーズはどうなるのか考えてみたいと思います。
後見制度改正議論の背景
そもそも、なぜ後見制度の見直しが議論されているのでしょうか。これは第二期成年後見制度利用促進基本計画において、本人の意思決定を最大限尊重できるよう「必要性」「補充性」を強化した制度設計にすべきといったことを含む現行制度への複数の指摘がなされていることや、障害者の権利に関する条約との関係で、現在の意思決定代行という性質の制度から意思決定支援という性質の制度への移行が求められていることによるものだそうです。ちなみに、前者の「必要性」「補充性」の観点から導かれるのが「スポット後見」という発想です。
「スポット後見」終了後はどうなるのか?
さて、「スポット後見」が認められるとして、実際に後見が終了した後にはどうなるのか、というのが当然の疑問として浮かんできます。一旦、後見開始した後に終了した方について、その後は健常者と同じ財産管理に戻っても大丈夫なのでしょうか。その方の財産保護という観点はもちろん、その方が後見終了後に行った取引の安全という観点からも疑問が浮かびます。
この後見終了後の取り扱いについては、まだまだ議論が固まっておらず、今年6月頃に予定されているパブリックコメントを見て、というタイミングのようですが、金融業界からは、後見終了後も何らかの代理権をつけてほしいとの意見が出ているそうです。預金凍結した後に、スポット後見人がついてとりあえず解凍し、その後裁判所が後見終了の決定をしたからといって、従前通りに預金口座を利用させてよいのか、金融業界として当然の懸念と思われます。
この点、例えば、当面使わない金額は保護のしっかりとした口座で管理し、日々使う小さな金額は本人の手元に残すという案も出ており、これは現在の後見制度支援信託と同じ発想と思われます。後見終了後の課題については、地域共生社会の在り方委員会というところでも議論されており、司法と福祉を繋ぐ仕組みの構築の提案もあるようです。
家族信託のニーズは残る
あくまで個人的な考えですが、今回うかがったスポット後見終了後に関する議論を見るに、現在家族信託が優位性をもつ「後見制度の使い勝手の悪さ」を改善するものにはならないと思われます。何らかの代理権がつくのであればそれは後見と大差ないですし、後見制度支援信託と同じ発想の仕組みもまた現在の後見と大差ないでしょう。
それもそのはずで、先述したように、今般の改正議論の幹は「ノーマライゼーション」であり、被後見人の人権保護の立場からのものです。私たち民事信託に関与している人間が業務の中で耳にする、後見利用を避けたいというニーズに対し、資産の柔軟な管理、運用をどの程度可能にするか、というのはそもそも議論の背景になっておらず、そのような視点では議論が進んでいないからです。
また、現実問題として、本人の健康状態、資産状態、家族など周囲のサポートの状態は千差万別なため、後見制度に代わる画一的なサポート制度を法に規律するのは極めて難しく、地域共生社会の在り方委員会で検討されているような司法と福祉を繋ぐ仕組みを、長い時間をかけて構築していくしかないようにも思われます。
よって、この後もこの点について画期的な案は出てこないだろうと思っています。
以上の点から、後見制度が改正されても、今現在私たちの周囲で叫ばれている「使い勝手の悪さ」が大きく改善することはなく、あくまで、しかたなく利用する福祉的な制度として色々な制約がついてまわる点は変わらなそうだというのが私の予測です。
もちろん、ここで言う「使い勝手の悪さ」とは誰にとっての使い勝手の悪さなのかは、実際にサポートする私たち専門家がしっかりとした倫理観をもって取り組んでいく必要はあるでしょう。
いずれにしろ、事前の対策の必要性や社会のニーズは今後も残ると思われ、この分野に取り組んでいる司法書士の1人としては引き続き精力的に取り組んでいきたいし、司法書士会としても、司法書士業務としての確立を目指して、適切な業務のあり方を引き続き検討していくべきと考えています。