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2回目の面談で開けた家族信託の扉~公正証書も信託口口座も作らなかった現場の話~
コラム
家族信託の現場に立つと、契約書や制度の話以上に、人と人との距離感が大きなカギになることを痛感します。
今回の案件は、それを象徴するような展開でした。
ご相談に来られたのは息子さん。
お父様は80代。
資産は湾岸のタワーマンション1室(1億円超)と、現金わずか100万円。
現預金の少なさから、将来の介護や施設入居費用への備えが急務でした。
将来の成年後見制度の利用も検討されましたが、「第三者の介入は避けたい」という家族の思いから、家族信託による売却準備を進めることになりました。
しかし、初めてお父様にお会いした日、私を迎えたのは予想外の反応でした。
「(自分の財産を)知らない」「全部息子に任せている」「わからないから任せてるんだ」の一点張り。
質問をしても、少し怒っているような短くそっけない返事。
視線も合わず、会話はすぐに途切れてしまいます。
やむなくその日は、「残念ながら家族信託契約ができる状態ではありません」とお伝えしました。
後で聞けば、お父様は昔から「初めて会う人にはつっけんどんになる」タイプとのこと。
息子さんは非常に残念な思いを吐露されていました。
そこで私は、別日での2回目の面談をご提案しました。
前回は、明らかに公正証書作成ができるうような反応ではなかったし、公正証書が作れないということは信託口口座も開設できません。
2回目の面談でお父様にしっかりとお話を聞いていただき、意思確認ができれば、持参した私署証書の信託契約書(信託口口座が作れないため、受託者となる息子さん名義の管理口座を明記する形にしました。)で信託契約をする流れを考えていました。
逆に、今回も意思確認ができなかった場合、残念ですが、諦めるしかありません。
そして迎えた2回目の面談。
部屋に入ると、「よぉ」と片手をあげるお父様。
前回よりも表情は柔らかく、初めからいろいろと世間話もできました。
本題に入っても、「そうだな、そういうことも考えないといけないな」という反応。
その後のご説明もしっかりと認識され、「この内容で頼むよ」とスムーズに話が進みます。
初回の壁が嘘のようでした。
本来であれば、公正証書で契約を作成し、信託口口座を開設するのが望ましい形です。
しかし今回は、性格的な負担を減らすため私署証書で進め、口座も息子さんの個人口座を使う形にしました。
リスクは正直にお伝えし、それでも「このやり方が家族には合っている」と判断されました。
この経験であらためて思うのは、「信頼関係は一度で作れなくてもいい」ということ。特に高齢の方は、初対面よりも2回目以降の方が心を開いてくれる場合が多いのです。
家族信託の実務では、契約書の作り方や制度の知識と同じくらい、この“間合いの取り方”が成果を左右します。