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知らないと危ない!高齢化時代の不動産取引トラブル回避術~補助制度・家族信託~

コラム

私たちが直面している社会課題のひとつに「2025年問題」があります。
厚労省のデータによれば、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になると予測されています。
数字にすると実に700万人。
これは決して遠い未来の話ではなく、すぐそこまで迫っている現実です。

認知症が進行すると、日常生活だけでなく財産管理や不動産取引にも大きな影響が出てきます。
「お父さんの口座が凍結されて引き出せなくなった」「高齢の母が業者に勧められるまま不利益な契約をしてしまった」──こうしたご相談は、決して珍しいものではありません。

法律行為と意思能力

民法では「法律行為をするには意思能力が必要」と定められています。
つまり、正常な判断能力がなければ契約は無効です。
とはいえ、実際に「無効」を主張するには裁判で立証が必要となり、時間もコストもかかります。
被害を受けてからでは遅いのです。
だからこそ、事前の備えが重要になります。

成年後見・保佐・補助制度

ここで登場するのが成年後見制度です。
判断能力が著しく低下した場合に家庭裁判所が選任した後見人が財産管理を担う仕組みです。
ただ、後見制度は本人の自己決定を大きく制限するため、ここで注目していただきたいのが「補助制度」です。
成年後見制度ほど強力ではありませんが、本人の自己決定権を尊重しながら、大事な部分だけにブレーキをかけられる仕組みです。

補助制度では、家庭裁判所の審判を経て「特定の行為」に対して補助人に同意権や取消権を付与できます。
例えば、不動産売買契約や高額なローン契約など「人生に大きな影響を与える契約行為」に対して、補助人の同意がなければ成立しないようにできるのです。

これは実務的に非常に強い武器になります。
「判断力は少し落ちてきているけれど、日用品の買い物や通院の判断は自分でできる」という段階で、生活は本人に任せつつ、不動産や大きなお金が絡む契約だけを“セーフティネット”で守ることができる。
これが補助制度の本質です。

補助制度を利用した具体的なケース

独居の高齢男性が、不動産業者の強引な勧誘を受け、市場価格の倍近い価格で土地を購入してしまったケース。
補助制度を事前に利用していれば、子どもに「不動産売買に関する同意権」が付与されていたはずです。
その結果、子どもの同意がない取引は取消すことができ、不利益を未然に防げたでしょう。

逆に、補助制度を利用していなかった場合、この契約を覆すには、意思能力の有無や詐欺、強迫の事実を立証するしかありません。
しかし実務では、業者が「本人が自ら意思決定して契約した」と主張すれば、それを崩すのは非常に困難です。
つまり、補助制度の有無で結果が180度変わるのです。

実務上のポイント

補助制度を申し立てる際には、医師の診断書や戸籍謄本などを家庭裁判所に提出し、本人面談を経て審判が下されます。
補助人には家族が選任されるケースが多いですが、専門家(司法書士や弁護士)が選任される場合もあります。

留意すべきは、補助制度は「本人の同意」が前提であるという点です。
つまり、元気なうちでなければ使えません。
だからこそ「少し判断が怪しいかな?」と思った段階で動くことが極めて重要です。

また、補助制度で与えられる同意権や取消権は「どの行為に適用するか」を事前に決めておく必要があります。
不動産取引や借金契約といった重要な行為には必ず含める一方で、日常生活の買い物などは対象外にする──そうした線引きをしっかり設計しておくことで、本人の自由と安全を両立できるのです。

家族信託というもう一つの選択肢

もう一つ注目すべき仕組みが「家族信託」です。
これは、本人が元気なうちに信頼できる家族へ財産管理を託す契約で、公正証書で作成するのが一般的です。
特徴的なのは「所有権を分割できる」点。
管理や処分の権利を子どもに託しつつ、利益は本人が受け取る──そんな柔軟な設計が可能です。

「父の判断能力が落ちてきている。でも、まだ元気なうちに安心して資産を任せたい」
「相続のときに揉めないように、承継の仕組みを整えておきたい」
こうしたご希望に家族信託はマッチします。
ただし設計の自由度が高い分、契約内容を間違えると税務や登記の面で不利になるケースもあります。
必ず専門家と一緒に検討することをお勧めします。

実務の現場から伝えたいこと

私がこれまで携わってきたケースでも、家族が「もっと早く相談していれば……」と悔やまれる場面は多くありました。
今回ご紹介した補助制度、家族信託は、いずれも“事後の修復”より“事前の予防”に大きな力を発揮します。

判断能力が少し怪しいかもしれない、と感じた段階で動き出すことがポイントです。
補助制度は本人の同意が必要なので、元気なうちだからこそ利用できます。家族信託も同様で、発想の転換をすれば「老いの備え」であると同時に「未来の財産設計」でもあります。

まとめ

高齢化社会で避けられない認知症リスク。
資産が凍結され、望まぬ契約を結んでしまうリスクを放置してはいけません。
成年後見・家族信託といった法的枠組みをうまく活用することで、本人の権利を守り、家族も安心して暮らせる環境を整えることができます。

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